公認会計士 石田 真(三優ジャーナル2024年8月号)
Ⅰ.はじめに
日本公認会計士協会は、日本監査役協会及び日本内部監査協会と共同により2024年4月8日付けで「循環取引に対応する内部統制に関する共同研究報告」(以下、本稿中では「本研究報告」とする)を公表した。本稿では紙幅の都合上、本研究報告の概要のみを説明する。
Ⅱ.背景
昨今、上場企業による相次ぐ会計不正では、不正を隠蔽するために巧妙かつ念入りに仕組まれたスキームを伴う事例が数多く見受けられる。特に循環取引については、取引先が実在し、資金決済は実際に行われ、会計記録や証憑の偽造又は在庫等の保有資産の偽装が徹底して行われる等の特徴が挙げられ、正常取引を装うものが多いため、通常の監査業務の中でこれらを発見することは困難なケースも少なくない。
これまでも日本公認会計士協会から会長通牒での注意喚起、その他注意喚起のためのお知らせ等が発信されているが、依然として近年も循環取引による不正が発生している状況にある。このような背景の下、循環取引への対応に関してより具体的に検討を行うことを目的とし、循環取引に対応する内部統制及び循環取引の防止や発見に資するテクノロジーの活用という観点から調査研究が進められた。
本研究報告は、循環取引について、近年の事例を参考に様々な観点からその兆候、性質及び発見の端緒について日本監査役協会、日本内部監査協会、日本公認会計士協会において意見を交換し、監査役等、内部監査人、外部監査人等の監査の関係者を始め、経営者、従業員など循環取引の当事者となる可能性のある者も含めた全ての関係者の循環取引に関連する組織、内部統制についての認識を深めることを目的とし、内部統制上の諸問題について研究及び報告されたものである。
Ⅲ.循環取引の概要と特徴
循環取引とは、複数の企業が共謀して商品の転売や役務の提供を繰り返すことにより、取引が存在するかのように仮装し、売上や利益を水増しする行為の総称である。循環取引は、通常の取引と同様に実在性を示す証憑が作成・保存され、証憑間の整合性が取れることが多く、資金のやり取りも含めて偽装されることが一般的である。また、実在する多数の企業や当事者が関与し、複雑な商流が作られることから、一度通常の取引として認識されると発見が困難な取引となり、循環取引による不正が発覚する際には、不正に計上された売上高等の額が巨額になっていたということも少なくない。その意味でも、循環取引を防止するための内部統制を構築するとともに、早期に発見することが重要になってくる。
Ⅳ.内部統制による循環取引への対応
本研究報告では、内部統制による循環取引への対応に関する調査研究の結果を以下のとおり取りまとめている。
1. 内部統制による循環取引への対応の必要性
- 経営者は不正又は誤謬による重要な虚偽表示のない財務諸表を作成し適正に表示するために必要と判断した内部統制を整備及び運用する責任を有している。この点、その責任範囲には、循環取引に起因する不正による重要な虚偽表示のない財務諸表を作成し適正に表示するために必要と判断した内部統制を整備及び運用することが含まれると考えられる。
- 不正が事後的に発見された際に生じる社会的な信用の失墜等のコストを考慮すると、内部統制を整備及び運用するに当たり、循環取引を含む不正を事後的に発見することよりも、その発生を未然に防止することに重点を置くことが重要かつ効果的であると考えられる。
- 循環取引を未然に防止するためには、内部統制の基礎となる、不正を許容しない組織風土を経営者が醸成し、不正防止に対する会社の意識が最も重要であると考えられる。
- 循環取引は、一般に経営者又は内部統制上重要な役割を担う従業員により意図的に行われる事例が多く、巧妙な隠蔽行為を伴うという特殊性を含んでおり、内部統制の限界が存在する。この意味で、内部統制は循環取引を含む不正の防止及び発見を絶対的に保証する決め手となるものではない。しかしながら、不正の実行は内部統制の不備に乗じて行われることが多いことを勘案すると、限界を踏まえた上で、不正を合理的に防止及び発見するような内部統制を整備及び運用することが重要であると考えられる。
循環取引は、その動機はさまざまであるが、不正の規模の拡大も早く、いずれ行き詰まり露見する不正である。循環取引が明るみになれば、企業は多額の損失を抱え信用は失墜し、経営破綻に至るだけでなく、不正実行者の刑事責任が追及されることもある。したがって、様々な不正がある中で、循環取引は企業の存続を脅かす事態に発展する最も深刻な不正の一つと考えられる。
経営者は、いかなる場合も不正は正当化できないこと、そして不正は許さないというメッセージを社内に発信するとともに、循環取引の未然防止や早期発見のため、不正を容認しない企業組織と風土を構築することが重要である。
全社的な内部統制は、企業全体に影響を及ぼす内部統制であり、経営者の姿勢や誠実性、組織の風土や文化、従業員のコンプライアンス意識等に重要な影響を与え、全ての内部統制の基礎となるものである。不正を容認しない企業組織と風土の構築は、全社的な内部統制を整備し運用することに含まれる。
業務プロセスレベルの内部統制を整備してその遵守を徹底し、不備があれば速やかな改善を図るとともに、循環取引を始めとする不正の未然防止や早期発見につなげるためには、全社的な内部統制が整備され、適切に運用されていることが重要となる。
循環取引を始めとする不正を防止・発見するための内部統制を構築するに当たっては、①内部統制の整備及び運用に関する基本方針を決定し、経営者が行う内部統制の整備及び運用を監督する責任を有する取締役会と、②取締役の職務の執行を監査することにより、企業の健全で持続的な成長を確保し、社会的信頼に応える良質な企業統治体制を確立する義務を負う監査役等と、③企業のガバナンス・プロセス、リスク・マネジメント及びコントロールの妥当性と有効性とを評価し改善を促す役割を担っている内部監査部門が、それぞれ有効に機能していることを担保する体制を構築することが重要である。
(1) 内部通報制度
循環取引の発覚の端緒が内部通報によりもたらされる場合がある。内部通報によって従業員からもたらされた情報を内部監査部門において分析し、必要に応じて追加調査を行う体制を構築することは、循環取引等の不正の発見可能性を高めるだけでなく、循環取引の企図に対し牽制効果も期待できるため、循環取引の防止につながると考えられる。
(2) 教育研修
従業員等が、循環取引の端緒に触れる機会があったとしても、循環取引について知識を有していなければ、循環取引の端緒であることに気が付くことができない。また、内部統制を逸脱した行為が行われていたとしても、あるべき内部統制を理解していなければ、当該行為が内部統制を逸脱していると判断することもできない。さらには、循環取引に関する知識を有していない従業員等が、自覚がないまま循環取引に加担させられるということが生じる可能性もある。
循環取引を防止・発見し、従業員等が循環取引に関する知識不足を原因に循環取引に巻き込まれることを防止するためには、従業員等が循環取引やその端緒を正しく理解することが効果的であると考えられる。そのため企業は、具体的事例に基づいて従業員等が個人レベルで循環取引の兆候に気が付くことができるように社内研修等を行うことが望ましい。
(3) 人事制度
人事ローテーションを適切に行うことは、業務の属人化や、取引先との癒着、特定の担当者に情報が集中し十分共有されていない状況等が生じることを回避し、不正等の実行に対して心理的な抑止効果になるだけでなく、不正発見の機会となると考えられるため、循環取引の防止・発見に有効な内部統制と考えられる。
また、従業員等が連続した休暇を取得することで、一定期間業務に関与しない期間が生じる。その間、他の役職員が業務を代行することになるため、組織内での知識や情報を共有する機会が生じることにより、不正の機会を減じる効果があると考えられる。
(4) 業務分掌
循環取引が生じた企業では、業務分掌が明確でなかったケースも少なくない。営業担当者が仕入先や外注先の決定など発注業務に関わることは、循環取引に協力的な業者を指名することができ、循環取引の機会につながるおそれがある。したがって、営業担当者が仕入先や外注先の決定など発注業務に関与できないように受注と発注の明確な分離が行われていることは、循環取引を防止することに有効な内部統制と考えられる。
(5) 内部監査
内部監査は、企業活動のモニタリングやリスク・マネジメントの妥当性及び有効性の評価を通じ、不正の防止・発見に貢献する役割も担っている。内部監査が、不正の防止・発見に貢献するためには、リスクベースの内部監査を実施することが有効と考えられる。例えば、過去の循環取引の不正事例を分析した結果、自社においても循環取引が行われるリスクがあると判断した場合、内部監査において、業務分掌や受注前の取引審査が有効に機能していることを内部監査の重点的な監査対象として検証することにより、循環取引を行う機会や、循環取引の兆候を発見できる可能性がある。
(6) 監査役等
監査役等は、その監査の過程で、取締役会に出席するだけでなく取締役と意見交換をする機会を利用して、取締役の不正に対する認識や不正防止のための取組状況を直接ヒアリングすることができる。また、監査役等監査の過程で得た内部統制上の課題等の情報を取締役と共有することにより、循環取引を始めとする不正に対する取組に対し改善を求める機会がある。さらに、会社法上、監査役等には、取締役の職務執行を監査するための権限として業務報告請求権や調査権等が付与されており、当該権限に基づいて監査を実施する過程で取締役の不正や法令・定款違反等の行為等を認めた場合には、取締役(会)に報告する義務がある。このように監査役等は、経営上の課題について積極的に調査し、取締役等に対し改善を求めることができる重要な役割を有していると考えられることを踏まえると、与えられている権限を能動的かつ積極的に行使して、不正の防止、早期発見に貢献する役割も担っていると考えられる。
(7) 社外役員
社外役員のうち社外取締役は、少数株主を含む全ての株主に共通する株主の共同の利益を代弁する立場にある者として業務執行者から独立した客観的な立場で会社経営の監督を行い、また、経営者若しくは支配株主と少数株主との利益相反の監督を行うという役割を果たすことが期待されている。また、社外監査役は、経営者から独立した立場から、取締役の職務の執行を監査することを職務としている。コーポレートガバナンス・コードでは、監査役とともに、社外取締役も内部通報制度に関与すべき旨が記載されている。社外役員がその役割を適切に果たし、循環取引の防止や早期発見に貢献できるようにするためには、会社経営に関する十分な情報を社外役員に提供するとともに、提供された情報を検討し理解するための機会や十分な検討時間を確保することが重要と考えられる。
3.業務プロセスに係る内部統制
(1)防止的内部統制
循環取引の始点となる取引が行われる場合、他の正常な取引に比べ取引先や取引内容、取引条件等に不自然さを感じつつも、不正と判断する根拠もなかったために循環取引が始まってしまったというケースも少なくない。循環取引を企図した取引に何らかの不自然な点があったとしても、その取引が一旦始まってしまうと、通常の取引に紛れ込んでしまい、当初は不自然と感じた点も正常な取引の一類となり、循環取引の発見が困難になる可能性が高い。循環取引が企図されても実行を阻止するため、受注を予定している取引の事業上の合理性を審査する防止的内部統制を適切に整備することが有用と考えられる。
(2)発見的内部統制
循環取引のリスクがある取引については、防止的内部統制により企図・開始される前の段階で識別され対応されることが望ましいものの、仮に循環取引が開始されてしまったとしても早期に循環取引を発見するための内部統制の整備は、循環取引による影響を最小限に抑える観点からも有用である。
会社は循環取引に対応する内部統制の構築に当たり、監査役等、内部監査人、外部監査人等の監査の関係者との議論の実施結果や関係者から得られた助言を踏まえ、自社のビジネスにおける循環取引の発生可能性に係るシナリオ分析を行い、循環取引の特徴に当てはまるような取引・商流の有無を評価することが考えられる。シナリオ分析を行った結果、循環取引の発生可能性が高い、すなわちリスクが高いと判断された場合には、該当する業務プロセスはどこかを特定し、その業務プロセスに関連する内部統制の構築は十分かを確認する体制を整備することが有用であると考えられる。
(3)具体的な業務プロセスに係る内部統制
①商流の全体像や事業上の合理性の把握及び対応する内部
統制
過去の循環取引の原因分析において、該当の取引を分析すると商流の全体像が把握できていない、又は当該取引の事業上の合理性が説明できないケースがある。商流の全体像や事業上の合理性については、取引の開始前に検討・分析が完了し明瞭となっていることが望まれるが、時の経過につれて徐々に取引の相手先や内容が変化することも考えられるため、防止的内部統制に加え事後的にリスクのある取引を識別し、対応できる内部統制を構築することが効果的であると考えられる。
②循環取引のリスクが高い取引及び対応する内部統制
自社倉庫等を経由せずに販売する直送取引や、ある商流の間に入るだけの取引等、商流の上流からエンドユーザーへの納品が把握しづらい取引も現物の把握が困難であることや帳簿だけの取引となるため、循環取引のリスクが相対的に高いとされる取引形態の一つである。
また、担当者以外の知識や経験が少ないため関係者が制限される専門性の高い取引や、担当者以外の関係者が取引に関与する機会が著しく制限される秘匿性の高い取引等、一部の関係者のみで実行され他者の目に触れる機会が少ない取引も、循環取引のリスクが相対的に高いとされる取引形態である。
自社のビジネスにおける循環取引の発生可能性に係るシナリオ分析を実施し、循環取引のリスクが高いとされる取引形態について事前に特定・把握し、実施された取引に不審な点はないか等、リスクに対応した内部統制を整備・運用することが有用であると考えられる。
③ 資金決済等に係るリスクの識別及び対応する内部統制
循環取引は資金決済も仮装されるケースが多く、通常その発見は困難を伴う。しかし、このような場合においても、循環取引の胴元企業の資金繰りが苦しくなる可能性があり、業界慣行等と照らして不自然な決済条件、急な決済条件の変更、入金遅延の事実の存在及び継続する一部入金処理等、資金決済に関して通常の取引とは異なる事象を適切に識別できれば、循環取引発見の端緒となると考えられる。
Ⅴ.おわりに
本研究報告の作成の過程において、循環取引の防止及び発見に資する内部統制についてテクノロジーの活用が有益であり、今後期待されることが認識されている。循環取引の防止及び発見に関するテクノロジーの活用については、日本公認会計士協会から公表されている監査基準報告書240研究文書第1号「テクノロジーを活用した循環取引への対応に関する研究文書」(2024年4月8日)において検討されており、本研究報告と合わせてご一読いただきたい。