公認会計士 岸田 淳(三優ジャーナル2024年6月号)
はじめに
中小M&Aガイドライン-第三者への円滑な事業引き継ぎに向けて(令和2年3月 中小企業庁)」(初版)策定から約3年が経過した。
中小M&Aガイドライン(初版)は、M&Aに関する意識、知識、経験がない後継者不在の中小企業の経営者の背中を押し、M&Aを適切な形で進めるための手引きを示すとともに、これを支援する関係者が、それぞれの特色・能力に応じて中小企業のM&Aを適切にサポートするための基本的な事項を示すことを目的として策定された。
しかしながら、中小企業のM&Aは定着してきたものの、特にマッチング支援やM&Aの手続進行に関する総合的な支援を専門に行うM&A専門業者(主に仲介者・FA)に関する様々な課題が見受けられるようになった。
そのような課題に対応するため、中小M&Aガイドライン(第2版)においては、特にM&A専門業者向けの基本事項を拡充するとともに、中小企業向けの手引きとして、仲介者・FAへの依頼における留意点等を拡充している。
そこで、本稿においては、中小M&Aガイドライン(初版)の内容の概略について簡単に触れた後に、中小M&Aガイドライン(第2版)の改訂の概要について解説を行う。
中小M&Aガイドライン(初版)の内容の概略
本ガイドラインは「第1章後継者不在の中小企業向けの手引き」と、「第2章支援機関向けの基本事項」の2つの章で構成されている。
第1章では「後継者不在の中小企業向けの手引き」として、後継者不在の中小企業にとってM&Aを検討し、実行するための手引きとなる指針を示している。
具体的には以下の6節で構成されている。
第1節 後継者不在の中小企業にとっての本ガイドラインの意義等
第2節 中小M&Aの進め方
第3節 M&Aプラットフォーム
第4節 事業引継ぎ支援センター
第5節 仲介者・FAの手数料についての考え方の整理
第6節 問い合わせ窓口
後継者不在の中小企業にとっては、この中でも特に第2節、第5節の理解が重要であると思われる。
第2節「中小M&Aの進め方」では、①中小M&Aフロー図、②中小M&Aに向けた事前準備、③中小M&Aにおける一般的な手続きの流れ(フロー)についての記載がある。
中でも、③中小M&Aにおける一般的な手続きの流れ(フロー)では、仲介契約、FA契約を締結する際の契約内容についてのポイントが記載されており、後継者不在の中小企業にとっては有用と思われる。
また、第5節「仲介者・FAの手数料についての考え方の整理」では、①手数料の種類、②レーマン方式、③具体例、④業務内容と手数料の関係の4項目が記載されており、後継者不在の中小企業にとって馴染みがなく分かりづらい手数料について解説している。
また、第2章では「支援機関向けの基本事項」として、支援機関が中小企業に対してM&Aの検討・実行の支援を行うに当たり、基本的な事項を記載した指針を示している。
具体的には以下の6節で構成されている。
第1節 支援機関としての基本姿勢
第2節 M&A専門業者
第3節 金融機関
第4節 商工団体
第5節 士業等専門家
第6節 M&Aプラットフォーマー
この中でも特に第2節の内容は重要である。
第2節「M&A専門業者」では、①M&A専門業者による中小M&A支援の特色、②行動指針策定の必要性、③各工程の具体的な行動指針、④仲介者における利益相反のリスクと現実的な対応策、⑤専任条項の留意点、⑥テール条項の留意点の6項目が記載されている。
M&A専門業者については許可制・免許制等は採用されておらず、また、業界全体における一般的な法規制も存在していない中で、M&A専門業者にとっての行動指針策定の必要性、各プロセスに関する留意点が記載されており、本ガイドラインの中でも非常に重要なパートとなっている。
改訂の主なポイント
「第1章後継者不在の中小企業向けの手引き」、「第2章支援機関向けの基本事項」ともに改訂がなされているが、改訂箇所の比率としては、第1章が5割程度、第2章が5割程度となっている。
第1章においては、後継者不在の中小企業が仲介者やFAと契約する際の留意事項に関して重点的に改訂がなされている。
第2章においては、「第2節 M&A専門業者」に関しての改訂がほとんどであり、今回の改訂に対する中小企業庁の意図が色濃く表れている。
1.「後継者不在の中小企業向けの手引き」等における主な改訂箇所
①仲介者・FAの選定
仲介者・FAを選定する場合の留意事項を解説しており、改訂版では、契約の相手方、特徴、活用例等について整理を行っている。
②仲介契約・FA契約の内容
仲介契約・FA契約の主なポイントとして「手数料の体系等」の記載を拡充するとともに、「直接交渉の制限に関する条項」、「責任(免責)に関する条項」の項目を追加している。
③セカンド・オピニオン
セカンド・オピニオンを求める他の支援機関(相談先)に応じて、セカンド・オピニオンを2つの類型(「狭義のセカンド・オピニオン」、「広義のセカンド・オピニオン」)に分けて整理している。また、セカンド・オピニオンの利点と留意点等についての記載も行われている。
④マッチングにおける支援機関の活用
改訂版では、マッチング支援を単独の支援機関に依頼する場合と複数の支援機関に依頼する場合について、それぞれの場合の利点および留意点について新たに記載された。
また、支援機関から適切な候補先の紹介を受けられない場合の対応方法、留意点等についても記載された。
⑤仲介者・FAの手数料の整理
仲介者・FAの手数料について、レーマン方式は採用される「基準となる価額」の指標によって報酬額が大きく変動するため、「基準となる価額」の考え方や、報酬額の目安を確認しておくことが重要であることを明記した。
また、最低手数料が適用される事例についても追記されている。
2.「支援機関向けの基本事項」における主な改訂箇所
①支援の質の確保・向上に向けた取組
改訂版ではM&A専門業者向けに、支援機関の質の確保・向上に向けた取組みの項目が新設された。具体的には、契約に基づく義務の履行、職業倫理の遵守の必要性を明記し、それを実現するために、支援の質の確保・向上を図るための取組みとして、ⅰ)知識・能力の向上、ⅱ)適切な業務遂行の2つに分けて整理し、適切な取組みを実施することが求められている。
②仲介契約・FA契約締結前の書面による重要事項の説明
説明すべき契約に係る重要な事項として、改訂版では「手数料以外に依頼者が支払うべき費用」、「直接交渉の制限に関する条項」、「責任(免責)に関する条項」、「契約後も効力を有する条項」が追記された。
また、説明方法について、説明は契約を締結する権限を有する者に対し行うこと、重要事項説明を行う者については、説明の相手方からの質問や意見が出された場合、これに適切に回答、説明ができるような十分な経験・能力を有する者が行うこと、重要事項の説明は契約を締結する前に実施することを求めており、説明後、依頼者が契約内容を理解し、契約締結について適切に判断するために、十分な検討時間を与えることを明記している。
③直接交渉の制限に関する条項の留意点
改訂版では、仲介契約またはFA契約において、依頼者がM&Aの相手方となる候補先とM&A専門業者を介さずに直接、交渉または接触することを禁じる旨のいわゆる直接交渉の制限に関する条項の留意点が追記された。
直接交渉の制限に関する条項を設定する場合における直接交渉の相手方、交渉の目的、当該条項の有効期間について、それぞれ留意点を記載している。
おわりに
本稿においては紙面の関係から、中小M&Aガイドライン(第2版)の改訂部分の概要しか解説できなかった。
今後、中小M&Aガイドライン(第2版)における改訂箇所の重要と思われるポイント、特に第2章のM&A専門業者に関しての改訂について解説を行うことを予定している。