≪はじめに≫
一昨年の12月に「非財務情報の開示へ向けた取り組みについて」と題してクライアント向けセミナーを開催し、大変多くの方にご視聴いただきました。当該セミナーでは、最近ESGの観点からも目にすることが多い「価値創造ストーリー」と同じく関心が高いと思われる気候関連開示のうち、特にハードルの高いTCFD提言の「シナリオ分析」と「GHG排出量計算」を中心にその取り組みを始めるための基礎的な知識について、説明いたしました。本稿では、当該セミナーにおいて時間の都合上割愛した内容を中心に、引き続き解説します。
≪価値創造ストーリー≫
価値創造ストーリーとは、投資家を始めとするステークホルダーに対して、長期的な視点で事業機会やリスクへの認識・対応を踏まえて、自社の持続的成長を説明するためのストーリーです。統合報告書の中核を構成するものですが、作成するのはかなり難解です。現状の統合報告書において参照事例が多い開示の枠組み(フレームワーク)としては、以下の2つが挙げられます。
〇価値創造プロセス/国際統合報告フレームワーク(IIRC)
8つの「内容要素」と6つの「資本」を関連付けて、財務・非財務両面の様々な資本を投下、すなわち「インプット」し、事業活動を通じて「アウトプット」を生み出し、それがそれぞれの「資本」にどのような影響を与えるか(「アウトカム」:未来のありたい姿)という流れで価値創造ストーリーを整理するプロセス。
(注)IIRCは、現在ではISSB(国際サステナビリティ基準審議会/International Sustainability Standards Board)に統合されています。
〇価値創造ガイダンス/経済産業省
「価値観」、「ビジネスモデル」、「持続可能性・成長性」、「戦略」、「成果と重要な成果指標(KPI)」及び「ガバナンス」という6つの項目を通じて、一連の価値創造の流れを体系的・統合的に整理するプロセス。
≪価値創造プロセス(IIRC)≫
価値創造プロセスは、上述のとおり8つの「内容要素」と6つの「資本」で構成されています。
「内容要素」
1.組織概要と外部環境:使命とビジョン、外部環境(経済状況、技術変化、社会的・環境課題等)
2.ガバナンス :組織の価値創造能力を支えるための監督構造
3.ビジネスモデル :事業活動を通じてインプットをアウトプット及びアウトカムに変換する仕組み
4.リスクと機会 :短・中・長期に影響を及ぼす具体的なリスクと機会、それに対する取組
5.戦略と資源配分 :短・中・長期の戦略目標、実行するための資源配分計画
6.実績 :戦略目標の達成状況(定量的・定性的)
7.見通し :直面する可能性の高い課題・不確実性、ビジネスモデル及び将来の実績への潜在的な影響
8.作成と表示の基礎 :説明事象の決定、定量化又は評価方法
「資本」の6分類
1.財務資本 :利用可能な資金
2.製造資本 :建物、設備、インフラなど
3.知的資本 :特許、著作権、ソフトウェア、ライセンス等の知的財産権、仕組、手順などのプロセスも含む
4.人的資本 :人財の能力、経験、イノベーションへの意欲など
5.社会・関係資本:主要なステークホルダーとの関係性、ブランド・評判に関連する無形資産
6.自然資本 :再生可能又は再生不可能な環境資源
ポイントは、上記の6つに区分された「資本」はそれぞれ独立したものではなく、事業活動を行う過程で変換されながら最終的な価値の創造に結び付くという考え方になります。
上記は価値創造プロセスのイメージ図となりますが、見た目が足の伸びたタコのように見えることからオクトパスモデルと呼ばれています。
全体を取り囲む「外部環境」があり、真ん中の白抜きの枠が「組織」になります。「組織」は「使命とビジョン」のもとで、その中心に「ビジネスモデル」があり、それを取り囲むように「リスクと機会」、「戦略と資源配分」、「実績」と「見通し」があり、それらを統制するのが「ガバナンス」であると位置付けられています。そこに企業の強みでもある6つの「資本」を「インプット」して、「事業活動」を通じて「アウトプット」が生まれ、それが「アウトカム」として次の「資本」に繋がっていくという考え方を表しています。
このオクトパスモデルは、一昨年にマイナーチェンジが行われており、「アウトプット」を経由せずに「事業活動」から直接「アウトカム」に結び付く場合もあるということで下図の矢印(中央右上段)が追加されました。
また、「アウトプット」と「アウトカム」が混同されやすいという意見を受けて、例として自動車産業を挙げて追加の説明を加えています。自動車産業における「アウトプット」は製品である自動車(ガソリン車)、その「アウトカム」としては、まず利益、そしてブランド力や品質の向上を挙げていますが、加えて大気汚染も「アウトカム」であると説明しています。利益は「財務資本」の増加、ブランド力・品質の向上は「社会・関係資本」の増加というポジティブなプラスの「アウトカム」に繋がるとする一方で、大気汚染は環境問題への懸念として「社会・関係資本」や「自然資本」(ガソリン車を前提に再生不可能な資源を使用するため)の減少というネガティブなマイナスの「アウトカム」に繋がると説明しています。そのうえで「アウトカム」にはプラスとマイナスの両面があり、ネガティブな面も報告する必要があると強調しています。
いざ作成しようとすると難解な価値創造ストーリーですが、この価値創造プロセス(IIRC)は比較的理解・整理しやすいフレームワークであると思います。実際、多くの企業が統合報告書の作成に際して価値創造プロセスを参照しており、各項目の説明を含め統合報告書の大部分が価値創造プロセスの説明で構成されている事例も珍しくありません。
なお、価値創造ガイダンス(経済産業省)については、次回解説します。