「ソフトウェア製作費等に係る会計処理及び開示に関する研究資料〜DX環境下におけるソフトウェア関連取引の概要~」における実務上の課題及びそれを踏まえた提言について

Ⅰ.はじめに
 2022年6月30日に日本公認会計士協会は会計制度委員会研究資料第7号「ソフトウェア制作費等に係る会計処理及び開示に関する研究資料~DX環境下におけるソフトウェア関連取引の対応~」(以下、「本研究資料」という。)を公表している。
 本稿では、この「本研究資料」内にて記載している「実務上の課題とそれを踏まえた提言」の概要について説明する。なお、本稿における意見の部分については、筆者の私見であり、法人の見解ではないことを申し添える。

 

Ⅱ.本研究資料における検討の経緯
 ソフトウェア制作費等の処理については、1998年3月公表の「研究開発費等に係る会計基準」(以下「研究開発費等会計基準」という。)及び1999年3月公表の会計制度委員会報告第12号「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」(以下「研究開発費等実務指針」という。)が規定されている。
 これらの公表から20年以上が経過しているが、クラウドサービス等の情報技術の革新により、ソフトウェアに関するビジネスの環境変化が生じている中で、研究開発費等会計基準や研究開発費等実務指針の設定時に想定されていないソフトウェア及びその周辺の取引に関して多様な実務が生じているが、それに対応した改正は行われてきていないものと考えられる。
 そのため、これらのビジネスの環境変化に対応した会計処理を検討するために、ソフトウェア及びその周辺の取引としてどのような取引が生じており、実務上どのように会計処理されているのか実態調査を行い、ソフトウェア及びその周辺の取引に関して、研究開発費等会計基準、研究開発費等実務指針及び「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関するQ&A」(以下「研究開発費及びソフトウェアQ&A」という。)で示されていないものについて、実務上の課題を抽出し、会計処理に当たり一定の指針となる考え方を示す会計基準の開発に資することを目的としている。
 なお、ソフトウェアを利用した取引に係る無形資産に関して、収益に関する事項は、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下「収益認識会計基準」という。)が2021年4月1日以後開始する年度から原則適用されており、本研究資料の公表時点においては適用してから間もないため、今回の主な検討対象から除いている。また、リース取引に関する事項は、企業会計基準委員会(ASBJ)において現在開発中のため、検討の対象から除くこととしている。

 

Ⅲ.クラウドサービスの概要
 クラウドサービスとはクラウド・コンピューティングの形態で提供されるサービスをいうが、「クラウドサービス利用のための情報セキュリティマネジメントガイドライン」2013年度版(経済産業省)においてクラウド・コンピューティングは「共有化されたコンピュータリソース(サーバー、ストレージ、アプリケーションなど)について、利用者の要求に応じて適宜・適切に配分し、ネットワークを通じて提供することを可能とする情報処理形態。ネットワークサービスの一つ」と定義している。なお、クラウドサービスについては、ベンダー(クラウドサービスの提供事業者)が提供するリソースに応じて、次のように分類されることが多いとされている。

※本研究資料の【図表2】参照
 なお、本研究資料においては無形資産の実務上の課題を調査するという趣旨を踏まえ、ソフトウェアの会計処理に焦点を当て、ソフトウェアの機能そのものをユーザーに提供するという、ソフトウェアの受注制作やソフトウェアを市場で販売するのとは異なるソフトウェアの提供形態であるSaaSを対象に検討を行っている。

 

Ⅳ.実務上の課題とそれを踏まえた提言
 本研究報資料ではソフトウェア制作費等に関して現状認識している具体的な実務上の課題として以下の5点を掲げている。
    1. 市場販売目的ソフトウェアと自社利用ソフトウェアの区分
    2. ソフトウェアの区分に基づく会計処理の相違による問題点
    3. ソフトウェア制作費の資産計上要件
    4. クラウドを通じてソフトウェアを利用するサービスを受ける場合の処理
    5. コンピューターゲーム・ソフトウェアの製作費

1.市場販売目的ソフトウェアと自社利用ソフトウェアの区分
 研究開発費等会計基準において、ソフトウェア制作費は、その制作目的別に、販売目的のソフトウェアと自社利用のソフトウェアに区分し、販売目的のソフトウェアを更に受注制作のソフトウェアと市場販売目的のソフトウェアに区分し、それぞれの会計処理が定められている。本研究報告は、一般的な複数ユーザー向けのSaaS取引を対象に検討を行っていることから、受注制作のソフトウェアの会計処理の詳細については記載を省略し、市場販売目的のソフトウェアと自社利用のソフトウェアで検討を行っている。
 クラウドを通じて不特定多数の利用者に向けてサービス提供を行うソフトウェアは、研究開発費等会計基準、研究開発費等実務指針において明確には記載されていないが、実務上、自社利用のソフトウェアのうち、「ソフトウェアを用いて外部へ業務処理等のサービスを提供する契約等が締結されているような場合」に含まれるものとして、自社利用のソフトウェアに区分されているものと考えられる。それに対し、ソフトウェアのライセンスの販売は市場販売目的のソフトウェアに該当するものとされている。そのため、ソフトウェアのライセンスの販売とクラウドを通じてソフトウェアを不特定多数の利用者に利用させるサービス提供は、契約形態が異なることにより、会計処理が大きく異なることとなり、実態が大きく異ならないサービス提供に係る制作費であるにもかかわらず異なる会計処理となる懸念がある。クラウドサービスの普及により、現状の会計基準では市場販売目的の区分が明確となっていないものと考えられる。そのため、市場販売目的のソフトウェアの会計処理が要請されるものは何か明確にすることにより、市場販売目的のソフトウェアとして区分すべきものについての考え方を明確にする必要があると考えられる。

2.ソフトウェアの区分に基づく会計処理の相違による問題点
 研究開発費等会計基準及び研究開発費等実務指針において、市場販売目的のソフトウェアと自社利用ソフトウェアの会計処理は相違している。主な相違点は以下の通りとなっている。

※本研究資料の【図表7】参照
 クラウドを通じてサービス提供を行うソフトウェアが「ソフトウェアを用いて外部へ業務処理等のサービスを提供する契約等が締結されているような場合」に該当し、自社利用のソフトウェアに区分される場合、実態としては、第三者から収益を獲得するためのソフトウェアであり、市場販売目的のソフトウェアに性格が近いものもあると考えられる。この場合、償却方法、償却期間及び減損の取扱いは、市場販売目的のソフトウェアの取扱いを参照した方が実態に合う場合もあると考えられる。
 一方で、前述のとおり、ソフトウェアのライセンス販売は市場販売目的ソフトウェアに区分される。ソフトウェアのライセンスのみを供与し、ソフトウェア自体が移転するものではない点を捉えると、市場販売目的のソフトウェアではなく自社利用のソフトウェアとして取扱うほうが実態に合うとも考えられる。
 ソフトウェアに係る収益認識との関係も考慮し、ソフトウェアの区分によるソフトウェアの制作費の会計処理の規定が実態に合っているか検討する必要があるものと考えられる。
 また、減損に関しては企業会計基準適用指針第6号「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」第69項において、市場販売目的のソフトウェアは、未償却残高が翌期以降の見込販売収益の額を上回った場合、当該超過額は一時の費用又は損失として処理することから減損処理に類似した会計処理がなされることになるため、固定資産の減損会計の対象範囲に含まれない。これに対し、自社利用のソフトウェアは減損処理に類似した会計処理は規定されていないため、他の固定資産とともに減損会計の適用を受けることになる。このように市場販売目的のソフトウェアは異なる処理が行われることになるため、減損会計の適用との関係についても整理する必要があると考えられる。なお、自社利用のソフトウェアのうち、ソフトウェアを用いて外部へ業務処理等のサービスを提供する契約等が締結されている場合等、市場販売目的のソフトウェアに準じて、見込販売数量や見込販売収益に基づく方法で償却を行なっている場合でも、通常、未償却残高が翌期以降の見込販売収益の額を上回ったときに当該超過額を一時の費用又は損失として処理されていないため、その場合には固定資産の減損の対象資産となる。

3.ソフトウェア制作費の資産計上要件
 市場販売目的のソフトウェアは、最初に製品化された製品マスターの完成時点以後の制作原価を資産計上することとなり、資産計上要件が詳細に規定されている。一方、自社利用ソフトウェア制作費の資産計上要件は、将来の収益獲得又は費用削減が確実であることとされているのみである。そのため、クラウドサービスを提供するソフトウェアの制作費が自社利用のソフトウェアとして区分される場合、自社利用ソフトウェアの資産計上要件に基づくことになるが、どの段階で将来の収益獲得又は費用削減が確実であるとする判断について、各社の判断に依拠する部分が大きくなり、同様の形態のサービスを提供するソフトウェアであった場合でも、資産計上の要否の判断が異なる可能性がある。
 特に最近は、仕様や設計の変更があることを前提に行なうアジャイル型の開発手法が採用されることも多いため、資産計上要件を満たすと判断できる時点を設定することが難しく、資産計上要件を満たす時点の判断にばらつきが生じる可能性が高い。同様のソフトウェアの開発を行う場合において資産計上の開始時点が各社で判断が大きく相違することが生じないように、資産計上の開始時点の判断に関するガイダンスが必要と考えられる。

4.クラウドを通じてソフトウェアを利用するサービスを受ける場合の処理
 クラウドサービス(特にSaaS)では、ユーザーがその利用料をそのサービスの利用に応じて定期的に(例えば毎月)支払っていく形態が一般的であると思われるが、自社でソフトウェアを取得するのではなく、汎用的な第三者のソフトウェアを一定期間利用するサービスを受ける場合は、ソフトウェアの取得として資産計上することにはならず、通常、利用料を費用処理するものと考えられる。
 一方、クラウドサービスを受けるに当たり、サービス利用料に加えて初期設定費用や自社向けのカスタマイズ費用等の導入初期費用を支払うケースが考えられる。導入初期費用は一定期間利用するサービス契約であることから一定期間で費用化するのか、または導入時の一時の費用とするのか、どのように会計処理するのか会計基準上明示的な規定はない。現状の実務においては、同様の取引において、一時に費用処理する場合と利用期間で費用処理する場合があると考えられる。同様の取引に同一の会計処理が行われるように導入時の支払額についての会計処理の考え方を明確にする必要があると考えられる。
 なお、一定期間で費用化する場合、費用化されるまでの間は資産計上されるが、ユーザーが負担した費用の性質においては資産性がないケースがある場合も考えられるため、費用の内容を明確に区分したうえで資産性の有無についての検討が必要であり、さらに、費用化の期間については、SaaSでは自動更新型のサービスもあり、契約の更新も見越した上で費用化の期間を検討する必要がある。

5.コンピューターゲーム・ソフトウェアの製作費
 我が国における現行の会計基準では、研究開発費及びソフトウェアQ&Aでゲームソフトの制作に言及した記述はあるものの、ゲーム業界固有の事象について詳細に定めた取扱いはない。
 また、研究開発費等会計基準の公表時には、市場販売目的のソフトウェアの取扱いなどを見ても、ゲームソフトを含むソフトウェアについて、複製化されパッケージ化されたソフトウェアを店頭で販売することが想定されていたと考えられる。しかし、クラウドサービス等の情報技術の革新により、ゲーム商品はパッケージ販売のみならず、インターネットを経由したダウンロード販売が進み、ダウンロード後の追加ダウンロードコンテンツ販売方式による追加販売、インターネット対戦や交流機能の追加による月額定額販売等、販売方法の多様化が進んでおり、ゲームソフトの開発も高度で複雑化してきている。そのため、昨今の多様化された開発実態やビジネスモデルに対応した会計処理は、明確には示されていない。
 コンピューターゲームにおいては、プログラムと複合的に組み合わされるコンテンツ部分に重要性があるがコンテンツに関する明示的な会計基準が存在しないため、各社の実態に応じて会計処理されているものと考えられる。
 ソフトウェアとコンテンツは、研究開発費等実務指針にて原則として別個のものとして会計処理することとされていることから、別個のものとして会計処理する場合、コンピューターゲームの動作を制御するプログラム部分についてはソフトウェアとして処理することになる。このソフトウェアに関しては、オンラインアップデートを行わない従来のパッケージ販売と性質が同じである“オンラインを通じたダウンロード販売”の場合、市場販売目的のソフトウェアに区分されるものと考えられる。一方、オンラインを通じてゲームサービスを提供するサービスの場合、クラウドサービスのベンダーと同様に、市場販売目的のソフトウェアと自社利用のソフトウェアのいずれに区分して処理するのが実態に合うのか考え方を明確にする必要があるものと考えられる。なお、コンテンツの会計処理については本研究資料では直接的には取り上げておらず、ソフトウェアの会計処理を主眼に置いて検討を行っている。

 

Ⅴ.終わりに
 クラウドサービスの普及により会計基準で明確な規定がなく、会計処理について悩まれるケースがあると考えられるが、いずれの処理にしても実態に即した会計処理の選択が可能であると考えられる。そのため、ソフトウェアにおけるビジネスモデルや販売計画を十分に設計し、その上で会計処理について検討を行う必要がある。
 また、クラウドサービスの会計処理については今後の検討課題であり、今後の動向についても注視したいところである。