アドバイザリー部 パートナー 公認会計士 本田 健生(三優ジャーナル2022年4月号)
はじめに
2008年より内部統制報告制度(通称:J-SOX)が導入され、10年以上が経過しました。本連載では内部統制について、事案に基づきその本来的な役割や経営・管理への役立ちについて考えていきたいと思います。
今回のテーマ
「経営に効く内部統制」においては、毎回具体的なフィクションの事案に基づき、内部統制報告制度という制度対応の枠にとらわれず、内部統制に関連した経営上のリスクと、そのリスクを低減するための内部統制について考察してきました。お陰様をもちまして過去7回連載させて頂きましたが、今回は特別編として、「実地棚卸」について記載させて頂こうと思います。
本誌が発行されるタイミングは、日本で最も多い3月決算会社の棚卸前ではないでしょうか。最近は在宅ワークも普及し、オンサイトの業務比率が低下傾向にあります。しかしながら内部統制の基本は、「記録と事実の照合」であり、オンサイトの確認作業は、より強力な統制行為として重要です。そして数あるオンサイトの照合作業のうち、代表的な統制行為が「実地棚卸」です。個人的な感想を言わせて頂くと、実地棚卸とその結果の棚卸差異の把握は、人間でいえば体温の測定に類似するのではないかと思っています。最近体温を測定する機会が多くなりましたが、体温を測定し高温であれば何らかの病気を疑うこととなります。棚卸差異の把握も同様であり、多額の棚卸差異が発生した場合、それだけで原因を把握することは難しいですが、帳簿若しくは物流に何らかの問題が発生していると考えることができます。
本稿では、一般的な棚卸方法を分類し、重要なポイント等を考察していきますので、これから実地棚卸を行われる方、もしくは実地棚卸に立ち会われる方の参考になれば幸いです。
実地棚卸の方法
実地棚卸の方法は業態や会社により様々かと思いますが、大きく下記2つに分類できるかと思います。
① リスト方式
実地棚卸時の直前の継続記録上の在庫状況を出力し、継続記録上の理論在庫数量と、実際の在庫数量を突き合わせ、棚卸差異を把握する方法です。実地カウント時においてロケーション別の商品マスター情報のみが出力され、理論在庫数量が記載されていない ケースもあれば、理論在庫数量が記載され、当該数量をチェックするのみのケースもあります。実際の在庫数量を集計する際に、商品コードをバーコードで読み取り、実地カウントした数量を入力するケースが多いため、バーコード方式と呼ぶ方もいるかと思います。
② 棚札方式
最近はIT 技術の発達に伴い、この方法を採用する企業は少なくなりましたが、棚札と呼ばれる札を在庫に貼付しながら実地カウント数量を集計していく方法です。棚札は事前にロケーション図等に基づき、棚札番号を採番した棚札を準備します。当該棚札に商品名、商品番号や実地カウント数量を記載し、全ての在庫に棚札が添付されていることを確認の上、棚札を回収します。そして回収した棚札に基づいて実地カウント数量を集計し帳簿への記帳を行います。棚札方式は在庫そのものを持ち運びが容易な棚札に置き換えて、実地カウント及び集計を行う方法といえるでしょう。
実地棚卸の方法の選択
実地棚卸方法については、その方法を企業が選択するというよりは、業種・業態、利用しているシステムやソフトウェアから必然に決まるケースが多いのではないでしょうか。
例えば、システム上タイムリーに理論在庫数量が把握できない場合や、外部倉庫等、自社システムの管理外で棚卸を実施する場合は棚札方式の方が導入容易と考えられます。一方小売店のように商品に棚札を添付することが難しい場合、また営業時間中に実地棚卸を実施するような場合にはリスト方式の棚卸が選択されることになるかと思います。
実地棚卸の対象
実地棚卸は、上記のリスト方式や棚札方式のような棚卸方法による分類とは別に、棚卸範囲の相違から、下記2つに分類することも可能です。
① 一斉棚卸
一斉棚卸は、文字通り棚卸基準日の前後で、原則としてすべての棚卸対象資産につき実地棚卸を行うものです。業務上の理由により拠点ごとに棚卸日基準の前後で実地棚卸が行われる場合もありますが、この場合も一般的には一斉棚卸に含まれます。
② 循環棚卸
循環棚卸は、一斉棚卸とは異なり区画ごとや拠点ごとに実施日を分けて実地棚卸を行うものです。一度に棚卸を実施するわけではないので実務負担が一斉棚卸より少なくなりますが、そもそも在庫のロケーション管理が適切に行われていないと、棚卸が無意味となる可能性があります。一般的には実地棚卸としては一斉棚卸を指すケースが多く、循環棚卸は期中棚卸の一環として行われるケースや、在庫数量がかなり多い企業が計画的に実施するケースがあります。今回は一斉棚卸を前提にしたいと思います。
実地棚卸のポイント
実地棚卸においては、カウントが漏れなく正確に行われる必要があります。この点、「正確に」というポイントについては、例えば複数の担当者のカウントによる相互チェ ック、カウント手順のマニュアル化、カウント数量の入力 方法の改善等により精度を高めることができます。一方で 「漏れなく」という点については、カウントを行う担当者レベルでの対処の他、全体的な手続で担保する必要もあります。仮に特定のロケーションのカウントが漏れていた場合、当該ロケーションのすべての在庫数量が理論在庫と実在庫の差に含まれることとなり、その影響は単なるカウント違いと比較して大きくなるため、「漏れなく」という点については、より注意が必要と考えられます。以下棚卸方法ごとにポイントを考察したいと思います。
① リスト方式
【正確なカウント】
リスト方式では、実地カウントに際して棚別に担当者を分け実施するケースが多いと思います。この場合、重複カウントを回避するためにカウント方法・カウント手順を予め定める等の対処が考えられます。具体的には、棚の右から数えるのか、左から数えるのか、上から数えるのか、下から数えるのかを担当者任せにせず、棚卸方法として統一します。また担当者ごとに明確に棚を区切り、同一の棚を複数の担当者が重複してカウントすることがないよう配慮する必要があります。加えて、実地のカウント時においては、できるだけ理論在庫数量は見ずにカウントを行うことが望まれます。
【漏れのないカウント】
漏れのないカウントを行うためには、まず保管されている在庫が整理整頓され、誰もが想定しない場所に在庫が保管されていることがないように事前に準備する必要があります。在庫配置図が実際の在庫状況と合致していることを確認し、本来のロケーション以外に臨時に保管されている在庫がないか、ある場合には本来のロケーションに戻す等の在庫整理が必要です。そして在庫配置図に基づいて担当者を割当て、全ての在庫区画に担当者が割当てられていることを確認します。またカウント漏れが生じないよう、カウントを行った在庫には付箋の貼付等を行うことも有用です。これは二重のカウントを防止するという点では正確なカウントにも有効です。リスト方式においては、カウントが終了した後、理論在庫とカウント数量の差異を確認できるケースが通常です。検出される棚卸差異は、原因が複数考えられますが棚卸時においては主としてカウント誤りやカウント漏れを確認する必要があります。付箋が貼付されていない在庫がないか、再度確認を行い当初のカウントと何が違ったか合理的な理由とともに棚卸差異を消し込んでいくことが重要です。
② 棚札方式
【正確なカウント】
棚札方式においてはカウントした結果を棚札に記入することになります。棚札と当該棚札が対象とする在庫が明確になるよう在庫を配置する、もしくは在庫を区切る必要があります。加えてカウント数量が正確であることを担保するように複数人でカウントを行い、カウント担当者と確 認者がそれぞれ棚札に確認のサインを行うといった対応が必要です。
【漏れのないカウント】
棚札方式では、実地棚卸前に連番を付された棚札の準備が必要となります。ロケーションごとに棚札を準備し、棚札の配布回収管理表を作成し管理を行うことが漏れなく正確なカウントを行う上で重要です。加えて、最も重要なのが、棚札を貼付しながらカウントを行った後、全ての在庫に棚札が貼付されていることを確認することです。棚札方式においては、これを行うことにより容易にカウントの網羅性を確認することができ、それが棚札方式の重要な利点の一つとも言えます。
その他
預かり在庫やサンプル品、廃棄の会計処理済み商品で現物の廃棄処理待ち商品等は棚卸除外品として区分して保管し、誤ってカウントがされないようにその旨を記載した貼紙等を貼付することが望ましいです。また実地棚卸の過程で発見された損傷品や賞味期限切れ商品等については、どのような処理を行うか事前にオペレーションを定め、当該オペレーションに従って処理を行う必要があります。
棚卸差異
本シリーズ第1回でも記載していますが、棚卸差異の原因として大きく分けて次の事項が考えられます。
① 在庫現物の滅失
② 実地棚卸のカウント誤り
③ 入出荷等の処理誤り
上記のうち、②のカウント誤りは実地棚卸時のみしか確認のできない要素です。相当程度の精度をもって実地棚卸が行えなければ、上記①及び③の調査を行うことができません。そのため、用意周到な事前準備と、実地棚卸時においては、差異調査のための時間も織り込んで計画すると共当初の予定時間を超過しても、一定以上の精度を確保すべく必要に応じて手続をやりきることも重要です。
顛末と考察
適切な実地棚卸を行い、それでも棚卸差異が識別される場合、入庫若しくは出庫のオペレーションに問題がある可能性があります。また、誰かが在庫を横流しし、もしくは横領をしているかもしれません。場合によっては予算を達成するために売上を架空計上し、その結果が棚卸差異につながっている可能性もあります。
一定水準以上の精度をもって実地棚卸を行い、棚卸差異を分析することで、企業で起きている問題点の兆候を把握することができます。これが冒頭で述べた「棚卸差異の把握は体温の測定に類似する行為」と考えられる所以です。 体温測定には精度の高い体温計が必要不可欠であり、期末前に体温計が正常に機能しているか確かめる必要があるのではないでしょうか。
最後に
これまで数多くの実地棚卸に立会う中で、ある監査役からお話を頂戴しました。『昔は「棚卸」という言葉の通り、棚から商品を卸して商品を数えたものだ。商品を棚から卸 して、同一商品ごとにまとめてカウントを行う過程で、商品の状態や売れ行き、発注の問題点も肌で感じることができたし、それが営業の重要な情報源でもあった。』
IT の普及により棚卸の作業はより効果的・効率的になりましたが、棚卸を単なるカウント作業ととらえるのではなく、数値の把握から営業に生かす点は、見習うべきポイントでもあるかも知れません。
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