アドバイザリー部 パートナー 公認会計士 本田 健生(三優ジャーナル2021年4月号)
はじめに
2008 年より内部統制報告制度(通称:J-SOX)が導入され、10年以上が経過しました。本連載では内部統制について、事案に基づきその本来的な役割や経営・管理への役立ちについて考えていきたいと思います。
今回のテーマ
今回のテーマは「リベート」です。リベートは様々な目的や方法で金銭等の授受が行われる商慣習であり、業種・業態により支払形態や考え方が異なる、実務色の強い取引の一つです。販売促進の対価として支払われる販促費の意味合いが強いものから、商品売買における価格補填として支払われるものまで多岐にわたります。このようにリベートは種類が多く、また一般的に取引数も多いため、内部統制をより効果的に発揮させ、健全経営に役立たせる必要があるものといえます。
事案
A社は酒類卸売業を営んでいます。主たる事業は、メーカーからビールや焼酎等の酒類を仕入れ、地域ごとに設置している自社センターへ納品するとともに、大型小売スーパーや個人酒販店に卸しています。酒類卸売業は、いわゆる薄利多売で、粗利率は決して高くありません。A社においても例外ではなく、とりわけビールは粗利率が低く、原価割れで販売しなければならない場面が多々生じていました。
一方で小売スーパーは業界内の統廃合が進んでおり、比較的大規模の小売企業が強い価格交渉力を有しています。A社は小売スーパーとの価格交渉の過程で、原価を下回る販売価格となった場合には、仕入先メーカーと協議し、リベートをメーカーから受領することで、原価割れを補填するケースもありました。このような厳しい環境下でA社は毎期赤字経営を余儀なくされ、経営の抜本的な改革が求められていました。
採算の厳しいA社においては、事業の抜本的な立て直しを図るべく、商社やコンサルティング会社で華々しい実績を残したF氏を新社長として招き入れました。F氏はA社が属する業界のマネジメント経験はありませんでしたが、酒類卸売業の利益の源泉がリベートであることを即座に把握し、利益体質の企業へ転換を図るべく様々な戦略を打ち出しました。
まず、リベートに関しては新たにリベート管理システムを導入し、企業別リベート、商品別リベート、営業担当別リベートのデータが取れる環境を整備しました。また口頭での取り交わしの多かったリベートにつき、リベート管理システム上「エビデンス区分」を設け、文書等のエビデンスを入手できていないリベートの「見える化」を図り、回収可能性の低いリベートの集中管理を行うこととしました。
リベート管理システムの導入に伴い、具体的な数値目標の設定も可能となったことから、全社的にリベート取得率の向上に拍車がかかり、F氏は就任後わずか数年でA社を黒字経営に転換させることができました。
ところが、経営が順調と思われた矢先、A社の会計監査人である監査法人からリベートにかかる未収債権の計上に関して指摘を受け、A社は大規模な社内調査を余儀なくされました。A社の経営には何の問題があり、また監査法人の指摘はどのようなものだったのでしょうか。
監査法人の指摘
監査法人の指摘はリベートにかかる未収債権の取消金額が多額に発生しているという点でした。
メーカーから受領するリベートに関しては、リベートの獲得が確実となった時点において債権として計上されますが、一方で、期中を通じて当該債権金額の取消金額が多額に発生しており、リベートの計上の正確性に疑念があるというものでした。
監査法人は、当該指摘を重要視しており、現状においては監査報告書上適正意見を表明することは困難であると主張し、実態を把握すべく大規模な社内調査を行うに至りました。
調査結果
リベートにかかる未収債権の取消は、回収困難な債権につき取消の処理が行われる点から、健全な会計処理であり問題ないとも考えられます。しかし、多額の取消処理は、監査法人の主張の通り、計上金額の不正確さを示しているものともいえます。とりわけリベートについては、交渉に基づいて計上される傾向が強いことから、リベート計上に当たっての正確性・確実性が強く求められます。
A社においては営業担当者の個人別のリベート取得状況が人事評価上も重要な指標となっていました。そのため、営業担当者は自己の評価を上げるために、取得が確実でないリベートをリベート管理システムに計上していました。リベート管理システムに計上されたリベートは自動的に請求書の発行を通じてメーカーへ請求されるため、確実でないリベートについても請求書を発行し、先方に否認されたものを取り消す処理を行っていました。
また別の担当者は毎月の自己の予算達成が難しい場合、一旦リベートの計上を行い、翌月に取り消すという処理を繰り返していました。
このように多くの営業担当者が自己の営業成績を達成するために、リベートの過大計上とその取消を繰り返し、結果として会社全体としてのリベートの取消金額が膨らんでいました。
問題の背景
A社の新社長であるF氏は、リベート管理の重要性を就任当初から認識しており、リベート管理システム上も、エビデンス区分を設け、リベートの計上が正確に行われるよう、内部統制の整備を行っていました。それにもかかわらず、なぜ不正確なリベートの計上が容易に行われていたのでしょうか。そこには IT 利用の盲点がありました。
① デフォルト設定
営業担当者は獲得したリベートを個々の契約毎にリベート管理システムに入力する必要がありますが、リベート管理システム上に設けられている「エビデンス区分」はデフォルトが「エビデンス有」という設定でした。そのためシステム導入当初、不慣れな営業担当者はエビデンスがないにもかかわらずエビデンス区分を変更せず登録を行うケースが多発し、それが常態化したため、システム上「エビデンス有」と設定されたリベートの多くがエビデンスの取得が行われていませんでした。
リベート管理システム上「エビデンス有」と分類されたリベート取引は、当然内部では問題とならないため、管理上も問題の発覚が遅れることとなりました。すなわち信頼性の低い情報に基づき会社が管理を行っていたことにより、重要な症状を見落とす結果となっていました。
② 内部統制のデザイン
「エビデンス無」と分類されたリベートに関しては、計上後3か月以内にエビデンスを取得する社内ルールとなっていました。3か月を超えたものについては会計上取消処理を行うとともに、営業担当者は取消申請を行い、上長の承認を得ることとされていました。
このような内部統制のデザインは、一見会計上の健全性を担保しているかのように見えますが、一方では、リベートは3か月以内であれば自由に取り消すことができるというデザインを示唆するものでした。営業担当者は、動機は様々ですが、3か月以内にリベートを取り消せば、問題は生じないと判断させる要因になっていました。
問題の本質
今回の事案に関してA社の監査役から、多額の未収債権の取消は計上の不正確さを示唆するものであったとしても、やはり適切に取り消し処理を行っている以上、重要な問題ではないのではないかという問い合わせが監査法人にありました。
この点、監査法人としては内部統制に依拠した監査とか、監査工数の増加に伴う監査コストの増加等の意見が出ることが予想されますが、ここでは経営上の問題を考えてみたいと思います。
例えば営業担当者が、月次予算の達成を目的として過大にリベートを計上した場合、当該リベートは当然回収困難なリベートであることから翌月取り消さなければなりません。翌月リベートを取り消すということは、翌月リベートをマイナス計上するということです。すなわち、ある月に過大にリベートを計上したばかりにその翌月においては、その補填分のリベートを計上しなければ、翌月の予算達成が難しくなります。結果として営業担当者は、翌月も取消分を補うべく、リベートの過大計上を行うこととなるでしょう。このように、架空の業績があたかも借金のように膨らんでいく結果となります。しかも通常の借金であれば、勘定科目上、借入金等の勘定科目として計上されるため、適切に管理が行われますが、リベートの過大計上は通常の債権に紛れているため管理が困難です。将来費用化されるであろう不良な債権が、正常な債権として繰り延べられている状況となっているのです。
顛末
調査の結果、多額の回収困難なリベート未収債権が識別され、当該債権の損失処理によりA社は再び赤字に転じました。
一方で今後のリベートの計上精度を高めるべく、リベート計上システムのエビデンス区分のデフォルト設定を「エビデンス有」から「エビデンス無」に設定するとともに、計上リベートの取消に当たっては、常に取消申請書の申請と上長の承認が必要としました。加えて、「エビデンス有」の取消処理については、より上位の稟議決裁が必要とするよう、社内の内部統制につきデザインの変更を行いました。この結果、A社の利益は短期的には減益となりましたが、その後リベート管理システムによる管理と相まって少しずつ業績を回復するに至りました。
考察
リベートは利益そのものであり、卸売企業においては、ビジネスモデル上も経理上も重要な勘定科目と考えられます。それにもかかわらず、リベートは様々な算定根拠や性格を有し、目に見えるものでもないため、管理が難しく不正等が生じやすい勘定科目とも言えます。今回のように取引量の多いリベートについて IT を利用した内部統制の構築は一見有用に見えますが、情報の精度を確保しない限り、逆に有害な情報ともなりかねません。IT によりアウトプットされる情報は、それだけで信頼性が高い印象を受けがちですが、正しく情報の信頼性を見極め、必要に応じて情報の信頼性を担保することが、経営上も重要な要素といえそうです。
顛末2
本件の後に、A社の経理部長から話を伺う機会がありました。本件の問題でシステムや内部統制のデザイン変更を行うことで、リベートの計上がかなり改善されましたが、経理部長いわく、一番効果的で改善の効果があったのはシステムの変更でも内部統制のデザインの変更でもなかったそうです。一番効果があったのは、実は社長が全社員に向けたメッセージだったそうです。
「お前ら、無理せんでいい」
新社長の就任以来、会社全体が利益志向に傾倒し、従業員には無言のプレッシャーがあったようです。社長のメッセージのあと、リベートの取消は大幅に減少し、何より、社内の空気が変わって働きやすくなったと語ってくれました。